
桜子より〜心のコンパス〜

このブログでは、日々の鑑定を通して感じたことや、相談者の方々から届いたリアルな声をもとに、愛に悩む全ての方へ向けたメッセージを綴っていきます。タロットやホロスコープを通して見えて来る、魂の学びや恋の流れ、そしてご自身の心との向き合い方についても、わかりやすくお伝えしていきます。
読むだけで、少し前を向けるような、そんな優しい灯をともすプログにしていきたいと思っています。
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記事一覧

こんにちは。桜子です。
新しい年が始まり、全国的に穏やかなお正月。日差しのやわらかさに春の気配も感じる1年のスタートとなりました。今日は少し視点を変えて、「なぜ追われる恋は長続きするのか」というテーマについて、心の奥にある心理をやさしく紐解いてみようかと思います。
恋愛にはいろいろな形がありますよね。自分から想いを伝える「追う恋」もあれば、相手から強く求められる「追われる恋」もあります。どちらが正解というわけではありませんが、不思議と「追われる恋」のほうが穏やかに、そして長く続くことが多いように感じませんか?
実はこれ、偶然ではなく、ちゃんと心理的な理由があるのです。
人の心はとても繊細で、無意識のうちにさまざまな反応をしています。特に恋のはじまりや、好きな人との距離感には、自分でも気づいていないところで、心は敏感に反応しています。
「吊り橋効果」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
吊り橋効果とは、緊張や不安、ドキドキといった生理的な興奮状態を、人はときに「恋をしている感情」と錯覚してしまう現象です。
たとえば、高い吊り橋の上や怖いジェットコースター、初対面で緊張している場面などで一緒にいた相手に対して、「ドキドキしている=好きかも」と感じてしまうことがあります。これは、心臓が高鳴っている原因が「状況によるもの」なのか「恋愛感情なのか」を脳が混同してしまうために起こる心理的な反応です。心理学の実験では、高い吊り橋の上で出会った異性に対して、恋愛感情を抱きやすいという結果もでているそうですね。
もちろん、恋愛でも同じようなことが起こります。追われる側が、今まで全く気にしていなかった人から急に強く求められたり、情熱的にアプローチされて心が動揺したとき、同じように吊り橋効果が働くことがあります。自分でも気づかないうちに、相手に惹かれていくきっかけになるのです。胸の奥がトクンと鳴る。そんなささやかな心の動きが、やがて大きな恋へとつながっていく。どんな時かというと、「突然の告白」「深く見つめられた時」「距離が急に近づいたとき」つまり、追われる側が「想定外の感情の強さ」や「自分を特別に思ってくれている実感」に触れたとき、心の中で「吊り橋効果」が起きやすくなるのです。最初は戸惑いや驚きだったとしても、そこから恋へと気持ちが変化していくことも少なくありません。
また、「認知的不協和」という心理現象も、恋の中で密かに作用しています。
これもまた自然な心理現象です。わかりやすく言うと、自分の中で矛盾する感情があるとき、そのズレを無意識に解消しようとする心の働きのことです。
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
「どうしてこの人は、こんなに一生懸命に私のことを好きでいてくれるんだろう」「そんなに良いところなんて、私にあったかな…」
このとき心の中では、「私はそんなに魅力があるのか?」「でも、あの人は私を本気で好きだと言ってくれている…」という、ちょっとしたズレ(違和感)が生まれます。このズレをそのままにはしておけないのが人間の心のクセで、「きっと私も、この人のことが気になっているからだろうな」「私だって、この人を大事に思っているのかも」と、自分の気持ちをあとから整えて納得しようとするのです。
つまり、追われる立場にいると、相手の想いに応えようとする自然な流れが生まれやすくなります。好かれているという実感が、自分の中の気持ちを少しずつあたためてくれるのです。そして何より、追われることで人は「自分は大切にされている」「こんなに愛されている」と感じることができます。それは自己肯定感を高めてくれる、大きなエネルギーになります。
恋愛において、自分に自信が持てることはとても大切です。自分には愛される価値がある、そう実感できる関係は、心に安心感と満足感をもたらします。その安心感があるからこそ、相手との絆も自然と深まり、長く穏やかに関係を育んでいくことができるのです。
恋愛というのは、必ずしも激しく燃え上がるようなものばかりではありません。静かに、でも確かに心がつながっていくような関係こそ、長く続く恋のかたちなのかもしれません。
追う恋に疲れてしまったときや、相手の気持ちに戸惑っているときこそ、少し立ち止まってみてください。誰かに大切に思われること、その素晴らしさを、あらためて感じてみてほしいのです。
「追われる恋」には、自分を幸せにするヒントがたくさん詰まっています。だからもし今、恋に悩んでいるなら、少しだけ肩の力を抜いて、誰かに愛されることを受け入れてみるのもいいかもしれませんね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
追いかける恋に疲れ、心が傷ついてしまったあなたへ。どうか無理に頑張りすぎず、愛されることのぬくもりにも、そっと目を向けてみてくださいね。あなたの心が、やさしく満たされる日がきっと訪れます。あなたは、愛される価値のある人です。そのことをどうか忘れないでいてくださいね。
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こんにちは、桜子です。
令和8年の幕開けとなりました。今年もよろしくお願いいたします。
新しい年が始まると、自然と気持ちもワクワクしますね。新しいことが始まりそうな予感。
「そろそろ、もう一度誰かを好きになってもいいかな」そんな声が心の奥から、聞こえてきたりします。「今年こそは出会いに恵まれますように」初詣で御祈願したりします。
でもその一方で、心のもっと深い所からは、こんな声も聞こえてきます。
「また同じように傷つくのがこわい」「前みたいに自分を失ってしまうのが不安で、恋に踏み出せない」「やっと立ち直ったのに、また心が揺れるのが怖い」その気持ち、よくわかります。
あのとき、自分の全部をかけた恋。信じたのに裏切られたこと。愛したのに伝わらなかったこと。必死でつながろうとしても届かなかった想い。そのすべてが、あなたの心の中でまだ静かに息をしている状態。そんな状態からでは「誰かを好きになる」というシンプルなスタートでさえ、とても勇気がいるのです。
「恋のトラウマ」というのは、意外と長く心に残ります。時間が解決してくれる部分もあるけれど、無理に忘れようとしたり、「過去はもう関係ない」と自分に言い聞かせたりすると、かえって心が閉じてしまうこともあります。
本当に大切なのは、その過去を責めずに、怖がっている「今の自分」にちゃんと優しくしてあげることです。今、恋愛が怖いのは、あなたが「本気で愛した経験」がある証拠です。そして、深く愛したことがある人ほど、ちゃんと癒えた時には「本当にあたたかくて誠実な愛を育てられる人」でもあります。
なので、無理に動かなくてもいいのです。誰かを急いで好きになろうとしなくてもいい。
「また恋ができたらいいな」「愛されたいと思っている自分がいるな」そんなふうに、少しずつ気持ちを「思い出していく」ように歩き出せば、それだけで十分なのです。
過去に傷ついた恋があったことは、決して、あなたの価値を下げるものではありません。
むしろその経験が、あなたの心の深さや、思いやりの大きさになって、これからの恋に静かに反映されていくはずです。温かい記憶としてしっかり保存してください。削除しなくてよいのです。
では、心のリハビリって、どうすればいいのでしょうか。
私がこれまでたくさんの方のお話を聞いてきた中で、恋の傷から立ち直っていく人に共通していた「やさしい習慣」があります。
ひとつめは、「感情を否定しないこと」。悲しかったこと、悔しかったこと、恥ずかしかったこと…。どんな感情にも「そんなふうに感じた私、よくがんばったね」と心の中で声をかけてあげること。感情にフタをするのではなく、そっと寄り添うだけで、心の痛みは少しずつ和らいでいきます。
ふたつめは、「過去と今の自分を切り分けてあげること」。あの時の私と、今の私はもう違う。たとえ似たような相手に惹かれたとしても、今はもう「気づける私」になっている。そう思えるようになるだけで、同じパターンに戻る不安は小さくなります。「また傷つくかもしれない」は、「もう同じようには傷つかない」に変えていけるのです。
そして三つめは、「受け取ることの練習」です。優しくされたときに「ありがとう」と受け取る。誰かに頼って「お願い」と言ってみる。そういった小さな「心を開く動作」を、日常の中でほんの少しずつでも増やしていくこと。それが、恋をするための筋肉を取り戻していく「静かなリハビリ」になります。
一番大切なのは、「頑張らないこと」です。傷の上に無理やり新しい恋を乗せようとせず、自分にやさしくあること。恋愛というのは、誰かと出会うこと以上に、「自分自身とどれだけ深くつながれているか」が鍵になります。
あなたがもう一度、安心して人を好きになれるように。その準備ができたとき、ちゃんと運命は動き出します。焦らなくていいのです。心のリハビリは、静かであたたかな「自分との対話」から始まります。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
誰よりもあなた自身が、あなたの心にやさしく寄り添ってあげられますように。
今年という新しい時間が、あなたにとって「心を少しずつ開きなおしていく季節」となりますように。
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こんにちは。桜子です。
年の瀬が近づき、街の空気にも北風の冷たさが増してきましたね。 ふとした瞬間に感じる寂しさや、不安。 好きな人の距離が少しだけ遠く感じることもあるかもしれません。 そんなときこそ、自分の気持ちにやさしく寄り添ってあげてくださいね。今日は「好きな人に尽くしすぎる恋」の危うさについて、優しくお話してみたいと思います。
「こんなに頑張っているのに、なんでわかってくれないの?」 「私ばっかり、尽くしている気がする…」
そんな思いがふと胸に浮かんだことはありませんか?
恋愛において、相手を思いやる気持ちはとても素敵なことです。 けれど、気づけば「自分を後回しにしてでも相手を優先してしまう」ことが、当たり前になっていることがあります。 それが相手への「優しさ」だと思っていても、いつの間にかそれが「我慢」になってしまっていることもあります。
心理学では、人が無意識に「愛されるために行動する」ことを「条件付き承認」と呼ぶことがあります。 つまり、「これだけ尽くせば、きっと私を大切にしてくれるはず」という思いが、心の奥にあるということ。 そうしていくうちに、行動の基準が「自分の気持ち」ではなく「相手にどう思われるか」になっていってしまう。そして、次第に心が疲れてしまうのです。
たとえば、自分の予定を削ってでも会いに行ってしまうとき。 体調がすぐれなくても、無理をして返信をしてしまうとき。 冷たくされたのに、相手を責めずに自分が悪かったのかもと考えてしまうとき。そんなふうに頑張ってしまう裏には、「嫌われたくない」「そばにいてほしい」という、純粋に素直で一生懸命な気持ちがあるのだと思います。
どうか、そんな時は、誰かを大切にするその優しさを、自分自身にも向けてあげてほしいのです。
「尽くすこと」と「与えすぎること」は、似ているようでまったく違います。 本当の思いやりは、自分を大切にする気持ちの中から自然と生まれるもの。 もし「こんなにしているのに…」という思いがふと湧いてきたときは、それだけあなたの心が少し疲れているサインかもしれません。
恋は、お互いが思いやり合い、支え合える関係の中で育まれていくものです。 どちらか一方が頑張り続ける関係では、やがて心がすり減ってしまいます。 「愛」は、対等な中でこそ、安心して育っていくものなのです。
「私ばかりが尽くしている」そんな気持ちがよぎった時は、一度だけでいいので、「今の私は、ちゃんと満たされているかな?」と、自分の心に問いかけてみてください。自分を大切にすることは、わがままではありません。 それはむしろ、健やかな愛を育てていくための、最初の一歩です。
頑張りすぎたあなたが、安心して愛を受け取れるように。 与えることに疲れたときは、どうかあなたも受け取ることを忘れないでいてくださいね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
この冬、あなたの恋が、あたたかく穏やかなものでありますように。
あなたが、誰かの言葉に揺らがずに、安心して愛を感じられる日が訪れますように。
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こんにちは。桜子です。
吐く息が白くなり、指先から少しずつ冬の気配が深まってきた今日この頃ですね。
クリスマスの聖なる夜とは裏腹に、夜中にふと目覚めて、なぜか心がざわざわと動きはじめる。そんな経験はありませんか?今日は「一人になると、どうしてこんなにも考えすぎてしまうのか」そんな心の不思議を、カウンセラーの視点からやさしく、紐解いてみたいと思います。
「あのとき、あんなふうに言わなければよかった」
「あの人の態度は、もしかして私のことをもう大事に思っていないのかも」
気がつけば、小さな不安がいつの間にか大きくなっていて、胸の奥をぎゅっとつかまれるような感覚。
この感覚は、夜に自分のお部屋に一人でいる時、突然、動き始めるのです。
昼間は、意識が外の世界に向いています。仕事や会話、スマートフォンから入ってくる情報たち。私たちは無意識のうちに、たくさんの音や動きに囲まれながら、今を生きています。
けれど、夜の静けさは、そうした刺激を一つひとつ消し去り、心の底に沈んでいた感情をふわりと浮かび上がらせくるのです。それは、まるで波ひとつない水面に、小さな雫がぽつんと落ちるように。その波紋はどんどん広がっていきます。でもそれは、いつの間にか、静かに消えていきます。
「考えすぎてしまう自分」を責める必要はありません。それはあなたの心が、あなた自身を守ろうとして働いている証でもあります。過去を思い出して反省したり、未来のことを心配したりするのは、備えようとするあなたの優しさであり、繊細さのあらわれです。
でも、身体が少し疲れていたり、心に余白がなくなっていたりすると、この守る力が過剰に働いてしまい、思考の迷路から抜け出せなくなってしまうことがあるんですね。そんなときに無理やり「考えるのをやめよう」とすると、かえって苦しくなってしまうこともあります。
そんな時は、そっと心に語りかけるようにしてみてください。
「自分は今、また同じことをぐるぐる考えてるのかな」
「そうか、それだけ私は、この出来事や人を大切に思っていたんだ」
こんなふうに、思考をやめるのではなく、今の気持ちをそっと見つめてあげること。否定も評価もしない。ただ、やさしく見つめること。すると、心の中の波が、少しずつゆるやかになっていく感覚になります。この状態は、内側で起きていた「ひとり反省会」が、やがて「ひとり対話」へと形を変える瞬間でもあります。
ひとりの時間は、決して悪いものではありません。それは、自分の本音に耳を澄ませるための大切な時間です。けれど、もし、その「一人反省会」が孤独に変わり、胸がシーンとするような冷たい夜を迎えたときは、どうかその思いを、寄り添ってくれる誰かに打ち明けてください。言葉にするだけで、感情は少しずつ外に出て、心が軽くなります。
考えすぎてしまうあなたは、ほんとうはとても思慮深く、そして、自分の内側を誠実に見つめようとする人です。なので、その優しさに、心が疲れてしまう日もあるのです。
静かな夜に、心の声がざわめくとき。その声を消そうとせずに、ただ、耳をすませてあげてください。耳をすませることができるということは、あなたがあなた自身を大切にしているということ。そしてその行為そのものが、心にそっと寄り添う癒しなのです。
今日も、最後まで読んでくださりありがとうございます。
考えすぎてしまうあなたの心が、少しでもやわらいでいきますように。
そして、今日という日が、あなたにとって、やさしく穏やかな一日でありますように。
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こんにちは。桜子です。
年の瀬の空気が、静かに深まってまいりました。あわただしい日々のなかにも、ふと立ち止まりたくなる瞬間があります。静かに重なる日々の終わりに、今年という季節の息づかいを感じる今日この頃です。
かつては毎日のように話していた人。一緒にいるのが当たり前だった人。心の奥まで通じ合っていたと思っていた人。それなのに、ある日ふと気づくのです。「もう、あの人と話すことがないかもしれない」と。それは、とても、さみしいことのようにも感じますが、実はとても自然で、やさしい「魂のリズム」なのかもしれません。
でも、不思議ですよね。誰と出会い、誰と離れ、誰が心に残るのか。それはまるで、自分で選んでいるようでいて、どこか見えない手のひらに導かれているような感覚すらあります。
「ご縁」とは、偶然の顔をしてやってくる小さな奇跡。そしてときに、静かに終わりを迎えることもある。その一つひとつに、きっと意味があるのだと思うのです。今回はそんな、ご縁の不思議と優しさについて、ほんの少し、綴ってみたいと思います。
人とのつながりには、それぞれ意味と役割があります。
笑顔をくれた人、学びをくれた人、涙を流させた人。そのどれもが、私たちの魂を育ててくれる存在です。でも、すべてのご縁が「永遠である」と捉える必要はありません。役割を終えたご縁は、そっとその場から離れていく。まるで、季節が移ろうように。花が咲いて、やがて土に還るように。それは決して、「縁が壊れた」のではなく「ご縁の賞味期限が過ぎただけ」なのです。
だれかと疎遠になってしまったとき。「もしかして自分が冷たく放してしまったのでは」と、自分のことを責めたくなることがあります。けれど、ご縁の変化はいつも「両方の魂」が選んでいるもの。片方だけが変わったのではなく、お互いのタイミングが自然とずれていっただけなのです。気にすることはありません。
本当の意味での「ご縁」とは、繋がり続けることではなく、「必要な時に、お互いどれだけ響き合えたか」ということです。
だから、過去に一時でも、一瞬でも、心を重ねて響きあったことがあるのなら、その関係はそれだけで十分に「愛」だったと、私は思うのです。
ひとつのご縁が終わるとき、そこにぽっかりと空いたスペースは、新しいご縁がやってくるための「余白」になります。「終わった」と感じるご縁を無理に引き留めようとすると、そのスペースが埋まってしまい、新しい光が入ってこられなくなります。
なので、もし今のあなたが、しっくりこない関係のご縁の中にいるのであれば、やさしく手放してあげてもいいのです。ありがとうと心の中でつぶやいて、静かに見送ることもまた、愛のかたち。
かつて必要だったご縁が、今はしっくりこない。それは、あなたが成長したということ。波動が変われば、響き合う存在も変わっていきます。それは自然なことであり、避けられない流れでもあるのです。なので、ご縁が離れていくことを「終わり」と捉えるのではなく、「一つの季節が終わり、新しい扉が開くサイン」と受け取ってみてください。
変わりゆくご縁の中で、あなたの魂は、静かに新しい光を迎える準備をしているのです。その変化を、どうか恐れずに。そして、あなた自身とのご縁は、どうか最後まで大切になさってくださいね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
あなたに必要なご縁が、必要なときに、やさしく結ばれていきますように。
あなたの魂が、本当に響き合えるご縁と、静かにめぐり逢えますように。
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こんばんは、桜子です。
今年も、いよいよ師走の風が冷たく感じる今日この頃です。季節の節目とともに、心の奥にも小さな変化が訪れる時期でもありますね。
鑑定の中で、12月に特に多い「別れ」に関するご相談。
今日は、選ばれなかったと感じてしまう「別れ」の中に、実はそっと用意されている「次の扉」について、綴ってみたいと思います。
恋が終わったとき、人はつい、自分に問いかけてしまいます。
「私が足りなかったのかな」
「もっと何かできたのかな」
「選ばれなかった私は、価値がないのかな」
でも、長い人生の中で魂の視点から見ると、実はその様子は、少し違う景色に映っています。
ご縁がほどけるとき、別れを告げられたとき実はそれは、「拒まれた」のではなく、星の配置が変わっただけのことが多いのです。
同じ場所に立ったままでは、もう学べないことがあるとき、魂はそっと次の扉を用意します。その扉の向こうは今はまだ暗くて、先が見えなくて、少し怖いかもしれません。その向こうがどうなっているのか、確かめたくて不安でいっぱいになる。だから心が揺れるのです。
鑑定をしていると、「終わった恋」の奥に、必ずと言っていいほど「次の自分」の気配が視えています。もっと大切にされる自分。もっと自然体で笑っている自分。無理をしない愛を知っている自分。これが、扉が開かれた先にいる、「あなたの姿」なのです。
でも人は、知らない幸せより、知っている痛みを選びたくなるもの。だから別れは、こんなにも胸を締めつけるのですね。
もし今、あなたが、選ばれなかったように感じているなら、どうか、この話を思い出してください。
「あなたの魂は、ずっと低い席に座る存在ではありません。ただ、いま、まさに席を移る時間が来ただけ。それは降ろされたのではなく、次の扉の向こう側にいるあなたに呼ばれたのです」
扉の前で立ち止まっている今のあなたは、まだ何も証明できなくていい。涙が出ても、迷っても、前を向けなくてもいい。あなたの魂はちゃんと知っています。あなたが向かう場所をちゃんと用意してくれています。そしてある日、ふと、それに気づかされるのです。「あの別れがなかったら、私は、この景色には辿り着けなかった」と。
「選ばれなかったのではありません。あなたは、次の扉に呼ばれただけ」
心がそのことを思い出すまで、どうか、自分を責めずにいてくださいね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。
あなたの心が、ほんの少しでも軽くなりますように
あなたの前にある扉が、静かに、でも確かに開かれていきますように。
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こんにちは。桜子です。
冬の夜空。張りつめた静けさが星座たちを包みこむような今日この頃です。
さっき会ったばかりなのに、離れると浮かび上がる彼の顔。
誰かを「好きだ」と思う気持ちが、いつの間にか「離れたくない」「失いたくない」という不安に変わっていくそんな経験はありませんか?この心の変化は、とても自然で、そしてとても人間らしいものなのですが。ご相談者様の声。「あの人がいないと、自分が壊れてしまいそうで怖い」「傍にいないと不安で仕方ない」鑑定の中では、このような相談が寄せられます。実は、この一言の中に、「好き」が「執着」へと変わっていく仕組みが、そっと隠れているのです。
心理学では、執着とは「愛着不安」の表れとされます。特に幼少期に安心して甘えることや、無条件に愛される経験が乏しかった場合、人は「愛されること=存在価値」と結びつけてしまう傾向があります。そのため、恋愛関係においても、相手の言葉や態度が「自分をどう思っているか」に直結してしまい、安心よりも不安が強くなるのです。
好き=それは、相手に何かを与えたい気持ち
執着=それは、相手から何かを奪って安心したい気持ち
まず、この違いに気づくことが、ご自分の心を整えるための第一歩になります。
執着は、「選べる自由」を見失った心の状態でもあります。なぜその人でなければならないのか。
その問いを丁寧に紐解いていくと実は、相手の人格よりも、その人といる時だけ安心できる自分に
依存しているケースが多いのです。
つまり、「その人のことが好き」というよりも「その人といる時の自分が好き」だったり「その人にしか認めてもらえない自分がいる」だったりします。恋する心は複雑ですね。
でも本当は、もっとシンプルに考えてみましょう。
あなたの価値は、誰かの目を通して決まるものではありません。あなたの「存在そのもの」が、もうすでに
十分に愛される価値を持っているということ。そこにある「執着」は自分の存在価値を、ただ相手の反応に預けてしまっている状態であるということ。
執着を手放すのは、愛をやめることではありません。それはむしろ、「自分を信じる力」を取り戻していく過程です。あなたが誰かを深く想ったこと。苦しみの中で愛し続けた日々。決して間違いでも、無駄でもありません。
ただ、「執着」を手放したとき「誰かに愛されて安心する自分」ではなく「自分を大切にできる自分」として、新しい愛の形を選んでいくことができるのです。「好き」と「執着」の境目。そこには、あなたの過去の記憶と、これからの生き方が静かに交差しています。
その境目には、あなたがまだ自分でも気づいていない「ほんとうの願い」が、そっと眠っています。どうか焦らずに、ご自身でその願いに気づき、寄り添ってあげて欲しいと思います。
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今日のあなたが、自分の心と手を取り合えますように。
今日のあなたが、自分にそっと優しくなれますように。
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こんにちは。桜子です。
空気が澄み渡り、空がどこまでも高くなる今日この頃。
夜中に突然地震が来たりして心がざわつく年の瀬となりました。
いつも桜子のブログは、ややこしくて重いテーマが多いので、今日は少しキャッチーで楽しい話題にしてみたいと思います。
テーマは「癖を読む心の視点」です。一言で言うと好きな人、気になる人の本音を暴く、噓を見抜く方法をメンタリストように語ってみたいと思います。
本音や嘘。それは言葉よりも、実は身体が先に語ってしまうことが多いのです。
たとえば、好きな人が、あなたの目をまっすぐ見ずに、鼻の下や鼻先にふと手をやるとき。それは心のどこかに、言えない気持ちや照れが隠れているサインかもしれません。
ほんの小さな嘘を守ろうとするとき、人は無意識にその場所を触れてしまうのです。それは交感神経が動いて、かゆみのような感覚が生まれることもあるからです。
また、喉や首元に手をやるのは、「言いたいのに言えない」思いを抱えているときによく見られます。
自分の声に少し自信がないとき、その「音」の出口である喉に、そっと手が伸びてしまうのです。
耳や髪をいじる仕草もまた、心の動きのあらわれです。それは、自分を落ち着かせるための「おまじない」のような動作。ときにそれは、好意を寄せる相手の前で、不安をやわらげようとする内なる動きとして現れます。
手を強く握る人は、怒りや不安を、内側でぎゅっと抑えていることがあります。本音を飲み込むとき、私たちは無意識に身体を締めつけるのです。
それから、足元に意識を向けてみてください。彼の足先があなたではなく、部屋の出口のほうを向いていたら、それは心理的に、その場から離れたいという気持ちが、身体に先回りしてあらわれているのかもしれません。
そして、笑っているのに、目がどこか笑っていないとき。その笑顔の奥にあるのは、場を保とうとする防衛の反応。本音を見せることへの恐れや、過去に触れてほしくない痛みを抱えていることもあります。
話している途中で、急に話題を変えたり、質問に対してやけに早口になったりするときも、それは「核心」に触れたサインです。あるいは、考える間もなく答えが出てくるなら、それは用意された言葉かもしれません。
でも、こうした反応を「嘘だ」と断じてしまう前に、ぜひその奥にある感情に、耳を澄ませてみてください。
本当のことを言えないのは、あなたを失いたくないという想いかもしれません。ついた嘘の下には、まだ整わない本音や、伝えきれない優しさがあることもあるのです。
問いつめるのではなく、気づくこと。責めるのではなく、感じること。
それが、関係を壊さずに真実にふれる、いちばん静かな近道かもしれませんね。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。
今日のあなたが、言葉の奥にある揺らぎを、やさしく見つめられますように。
そして、あなた自身の内側にも、あたたかな光が差しますように。
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朝の空気に静けさが濃くなってきた今日この頃。すぐそこに、冬の入り口が見えますね。
季節が切り替わるこの時期には、会えなくなったあの人の顔が胸の奥に浮かび上がってきたりします。
いつからか連絡が来なくなった。既読もつかないライン。
一度は笑い合ったその人が、まるで世界のどこにもいないように感じるとき
それは、恋の終わりでしょうか。
それとも何か見えないものが動いているのでしょうか。
年末に近づくほど、魂は静かな問いを投げかけます。
12月の夜空では、星の流れは今、過去と向き合う配置にあり、水星や金星が記憶と感情を呼び起こしやすい位置にいます。年末という時間の節目も重なり「連絡が途絶えたあの人」が何度も心に現れるというご相談も増えてまいります。
40代女性の相談者様。
「もう忘れたと思っていたのに、あの人の名前を見るたびに胸が締めつけられます」
「どうして私は返事も来ない相手にまだ心を残しているのでしょうか」
そこには「音信不通という現象を起こす魂」が存在しています。
私たちは、日頃、言葉を交わすことでつながっていると思いがちですが、実は、魂と魂の関係性は必ずしも言葉で成立しているわけではありません。ときに、ご縁が深ければ深いほど、いったん距離が空くこともあります。それは、試されているからではなく「互いの魂がそれぞれの学びを優先しているとき」に起こる一つの現象です。
「物理的なつながりが断たれる」という状況の中でしか学べない「魂のテーマ」があるのです。
つまり「連絡が来ない」という状態には、外からは見えない魂同士の静かな契約が隠されていることもあるのです。
それは終わりを告げる沈黙ではなく、互いが成長したあとで、もう一度つながるための「間」と捉えてください。お互いの魂が次の章へと向かうために、今は一度、手を放す必要があったのかもしれません。
私がこれまで数多くのご縁を見てきた中で感じるのは、
「本当にご縁がある人は必要なときに必要な形で再び巡ってくる」ということです。
再会の形はさまざまです。実際にまた連絡が来ることもあれば、夢の中で和解することもあります。あるいは相手は戻らないけれど、あなたの心がその人を完全に受けいれ、そして静かに手放すことで魂の契約が完了する場合もあります。
その人を忘れられないのは、未練ではなくあなたが誰かを深く愛した証です。そして今も尚、その人が心にいるのは、あなたの魂が「愛するということ」を体現し、実感してきたという証拠なのだと感じます。
なぜいつまでも、その人を想いだすのかというと、それはあなたが未熟だからでも、忘れられない執着があるからでもありません。
それは「魂の扉がもう一度だけその人と向き合いたい」と願っているサインです。そして、それに気づいたとき、そのご縁は「執着」から「感謝」へと変わっていくのです。
会えないけど、どうしても忘れられない人に想いを馳せる夜は、星に願いを込めてみてください。
もう一度話せますように。また出会えますように。
そして、私の心が穏やかに、その「執着」を手放せますように。
その願いは誰かに届くためだけのものではありません。それは、あなたの心が、あなた自身と結ばれるための祈りです。しっかりと、前を向くために、ここで少し荷物を軽くする祈りです。
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
あなたのその想いが見えない星の道をたどって、必要なかたちでいつかあたたかく還ってきますように。
今日のあなたが、自分の心と静かに手をつなげますように。
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夜明けの風が肌を刺すように冷たくなりました。
街にはイルミネーションが灯り始めましたね。
誰かと寄り添うあたたかさが恋しくなる季節。
それと同時に、ふたりの「未来」を見つめたくなる時期でもあるようです。
「彼は、私とちゃんと向き合う気があるのでしょうか?」
先日の鑑定より、30代女性のご相談様のつぶやき。彼の本気度が知りたいと相談を受けました。
交際を重ねて、ある程度の時間が経っていても。一緒にいる安心感はあっても。
ふとした瞬間に、「このままで大丈夫なのかな」と不安が頭をよぎることがあります。
将来の話を避ける彼。
結婚という言葉を出すと空気が変わる。
優しさはあるのに、覚悟が見えない。
「好き」と言ってくれるのに、どこか他人行儀。
私に対する「本気度」が見えない。
そんなふうに、「今、ココ」はあっても「その先」が見えない恋に、誰もが、心の奥で戸惑いを抱えるものです。
鑑定では、よく「彼の気持ちを知りたい」と尋ねられます。
けれどその前に、そっとお聞きしたくなる時があります。
「あなたは、その人といる未来に向かって、ほんとうに歩きたいですか?」
それとも、「愛されている今に、留まっていたいですか?」
将来の不安が強くなるとき、それは彼の問題だけではなく、「私が私の本音にまだ追いつけていないサイン」であることも多いのです。
「本気」という言葉は、少し厄介な言葉です。
本気で好きなら、将来を考えてくれるはず。本気で向き合っているなら、態度に出るはず。
でも、相手の「本気」を問う前に、自分の「本気」をちゃんと見つめているかどうかが、
恋の行き先を左右に分けていくのだと感じています。
しかし、ときには、「愛されていること」を自分で確認し続けることに、心が疲れてしまうこともありますよね。
でもその疲れの正体は、あなたの弱さではなく、「私は、ただの安心などいらない。信頼できる未来がほしい」という魂からの切なる声なのかもしれません。
彼の言葉より、態度よりも先に、あなた自身が、あなたの望みにYESと言ってあげること。
それが、未来の扉を開くはじめの一歩になるのだと思います。
たとえば、今あなたが、今までと同じ関係が続いていくことに、嬉しさと同時に、寂しさを感じているのなら。それはもう、あなたの魂が「変化の予感」に目を開き始めている証です。
選ぶのは、あなた。
幸せに責任を持つのも、あなた。
そして、未来を信じる力を宿しているのも、また、あなたなのです。
「あなたの人生の主役は誰ですか?」
今日もまた、最後まで読んでくださりありがとうごさいました。
今日のあなたが、自分の声を決して小さく扱いませんように。聞こえないふりをしませんように。
そして、望む未来に、まっすぐに手を伸ばせますように。
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